旧約聖書の起源
旧約聖書は、およそ1600年に渡る神とイスラエル民族の歴史を綴った書物である。 これほど古い書物が今なお多くの人々に読まれているのは驚くべきことである。 それではこの旧約聖書はどのようにして生まれてきたのかを辿ってみたい。
旧約聖書とその年代
旧約聖書は次のような構成となっている。 モーセ五書 創世記 天地創造からイスラエル人のエジプト移住(BC1800)まで 出エジプト記 モーセによるエジプト脱出(BC1440) レビ記 礼拝の指針 民数記 40年間の放浪からカナン入国まで(BC1400) 申命記 放浪の終わりにあたって契約の更新 歴史書 ヨシュア記 カナン征服 士師記 士師時代(BC1400~1000) ルツ記 サムエル記1、2 ユダヤ王国制の始まり(ダビデ、ソロモン) 列王記1、2 ユダヤ王国の堕落からバビロン捕囚(BC586)まで 歴代史1、2 エズラ記 バビロンからの帰還(BC538) ネヘミヤ記 エルサレム城壁修復(BC445) エステル記 ペルシャ支配下のユダヤ人救済物語 知恵文学 ヨブ記 詩篇 賛美歌(主にダビデ王による) しんげん ソロモン王による人生訓 伝道者の書 ソロモン王による 雅歌 ソロモン王によう愛の歌 預言書 BC850~450?までの預言者の記録 イザヤ書 エレミヤ書 他 合計39巻の書物からなる。 「旧約聖書」とはキリスト教の用語であり、ユダヤ教では、単に「聖書」と呼ぶ。 便宜上「ヘブライ語聖書」と呼ぶことが多い。 ヘブライ語聖書はキリスト教の旧約聖書とは並べかたと分類の順序が異なるが 内容は全く同じである。 ヘブライ語聖書 律法 5巻(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記) 預言者 8巻 先の預言者 4巻(ヨシュア、士師、サムエル、列王) 後の預言者 4巻(イザヤ、エレミヤ、エゼキエル、12預言者) 諸書 11巻 真理 3巻(詩篇、箴言、ヨブ) 5つ巻物(雅歌、ルツ、哀歌、伝道者、エステル) その他 3巻(ダニエル、エズラ/ネヘミヤ、歴代史) この分類では合計24巻になる。 聖書の起源を辿る場合、「律法」「預言者」「諸書」という大分類の呼び名が重要になる。
何に書かれたのか
印刷技術の無い古代では、当然手書きしかない。また現代のような紙や筆記具の無い 時代では、口伝が重要な伝達手段であった。 現代では記憶よりも文書のほうが信頼度が高いと考えるが、古代人は驚くべき記憶力 を持っていたらしい。記憶力を衰えさせないために、むしろ口伝で伝えたとも言われる。 現代でもユダヤ人は子どもの頃から聖書を暗記する。 最初に文字が書かれたのは石や粘土版であった。 創世記12章で登場するアブラハム(BC2000年頃)が住んでいたウルの遺跡か らは粘土版に書かれた契約文書が発見されている。学校教育も行われていたらしい。 大英博物館には、BC2000年以前の粘土版が保管されている。ノアの洪水と良く 似たバビロニア洪水物語の碑文もBC1635頃のものである。 聖書の中でも、まず神の教えは「石の板」に書かれた。(出エ24:12、31:18) (BC1400頃) やがてパピルスという紙が用いられるようになった。これはパピルス草の茎を裂いて 作られ巻き物として使われた。巻き物の長さには限界があり、聖書も1つの巻き物で は無かった。
聖書自身の証言
律法の書という言葉は、早くもヨシュア1:7、8に出てくる。(さらに8:31、23:6) モーセ5書全部ではないとしても、すでに権威ある書として存在していたらしい。 神の教えを書き記し、それを守るように子孫に伝えることは神の命令であった。 一度に完成したのではなく何度も増補改訂された。(24:26) しかし完全に保護された訳ではなく失われることもあったらしい。 BC640頃のヨシア王は神殿で律法の書を発見し(申命記と思われる)、それに 基づいて宗教改革を行った。 2列22:8 完全なモーセ5書は、イスラエル民族のアイデンティティ確立の必要性から 捕囚中にまとめられたらしい。 エズラ7:6「モーセの律法の書」 預言書は、主に預言者たちが記録を残したものが編集されたものと思われる。 ダビデ王の記録 サムエル、ナタン、ガドの言行録(1歴29:29) 2歴は様々な資料について言及している。(2歴12:15等) ソロモンの業績の書 1列11:41 ユダの王たちの年代記の書 1列14:29他 イスラエルの王たちの年代記の書 1列14:19他 「今日もそのとおりである。」という表現が数多く見られるが、これはかなり後に なって書かれたまたは編集された証拠である。またヨルダン川の東側を「ヨルダン川 の向こう側」と表現していることは、カナンに定着してから書かれたことを示唆する。 「先の預言者」が「預言者」と呼ばれるのは、単なる歴史の書物ではなく、モーセ的 歴史観に立ち、歴代の王たちが神に従うかを見張る役割の預言者の記録だからである。 「後の預言者」は当時の王や祭司たちから迫害されたが、その預言者たちの警告どお りになったために重要視され、バビロン捕囚中に収集されたと思われる。 ダニエルはバビロンでエレミヤ書を読んでいたらしい。ダニエル9:2 「諸書」はヒゼキヤ王が収集し(2歴29:25ー30)第2神殿時代(BC500頃) 神殿礼拝を中心にまとめられたと思われる。詩篇は賛美歌であり、「5つの巻物」は ユダヤ教会歴の順で5つの祭りにそれぞれ朗読された。 歴代史は神殿についての歴史であり。エステル記はプリムの祭りの由来を説明し、ダニ エル書は聖都エルサレムと神殿の黙示である。
旧約聖書はいつ完成したか
たくさんある書物の中で、現在の24巻(キリスト教の数えかたでは39巻)が 聖書として認められたのは、遅くともBC200年頃と思われる。 律法(モーセ5書) BC400年頃ユダヤ教団と別れ成立したサマリヤ教団は律法だけを教典として持って いた。したがってこれ以前には完成していた。 エジプトのアレキサンドリアではBC3世紀に王の命令で律法のギリシャ語への翻訳が 行われた。これが七十人訳とよばれるものである。 預言者と諸書 BC2世紀の文書(外典)にはすでに完成し流布していたと思われる記述がある。 マカビー第一書(BC135~120頃) 律法から諸書までに渡る聖書の引用 「ベン・シラの知恵」序文(BC2世紀後半、BC132頃) 「律法と預言者たちと、もろもろの書物」 第3区分(諸書)の名称は確定していなかった。 マカビー第2書 ネヘミヤが諸書を収集した、としている。 イエスと使徒の証言(AD30~60) 使徒は聖書に基づいて論証した。 イエスも正典の範囲については論争していない。(確定していた。) イエスも3区分を知っていた。「モーセの律法と預言者と詩篇」(ルカ24:44) (詩篇は諸書の筆頭の書として代表名になっている) イエスの知っている聖書は歴代史を終わりに置く現代のヘブライ語聖書と 同じだった。(ルカ11:50 祭司ザカリヤの死=歴代史の記事) 使徒13:15、27 詩篇の引用 ローマ3:21 律法と預言者の朗読 一般に、AD90から100年にかけて行われたユダヤ教団の会議(ヤブネ会議) で旧約聖書が決定されたとされているが、1つの議論であって、ここで決定された のではない。 1世紀の有名なユダヤ人歴史家ヨセフォスは「アピオン駁論」(AD95)の中で 3区分がすでに昔から固定されていたことを示唆する。彼の数えかたは22巻である が士師とルツ、エレミヤと哀歌をまとめて1巻とする方式であると思われる。 この中には、今日第2正典とか続編とか外典と呼ばれている書物は含まれていない。 ギリシャ語訳聖書の中に含まれていたようにも思われているが、これは「読んで 有益な書物」としては用いられていたが、聖書としての権威は認められていない。 その理由は 1 預言者が消滅した時代(BC2世紀)に書かれたものである。 2 ヘブル語で書かれていない。 3 内容の信頼性が低い。 などの理由による。 そして何よりもクリスチャンとしては、イエスキリストが神の言葉として権威を認めた ものでないというのが最大の理由である。 以上